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進んだ先が魅力的なのは「ただいま」と言える場所があるから。 角田光代 東京ゲスト・ハウスを読んで。

角田光代の本と出合って十年以上になるがが「東京のゲストハウスには興味がない」という理由で無視してきた本だった。飛行機の中で暇つぶしに読もうと買ったこの本に今の自分を照らし合わせながら読んだ。角田光代本人が旅先や帰国後に見かけたありがちな若者や鬱陶しい人を揶揄して描いているのかは分からないが、総じて「いるよね~!」と共感して雰囲気が読み取れる内容だった。

世界を旅してきた暮林さんが世話する東京のゲストハウス(というよりシェアハウスに近いような)に東南アジア帰りの主人公が住む。そこに集まる旅帰りの若者たちの陳腐で地に足のつかない生活と、旅先あるあるおじさん(王様)の話。

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私も1人のバックパッカーかぶれかもしれないが、このモラトリアムな心理や情景を嫌悪感なく読めるのは海外長期旅の経験がある人に多いかもしれない。彼らはニートや"社畜をやめて好きなことして楽して稼ぐ!"といった類の人たちとは違う。もっと深くて純粋で何とも解決できないで途方に暮れているようなモヤモヤした気持ちで居場所を模索している。世界で見てきた人たちは特別な人たちではなかったからだ。日本のように働かなくてもルールに縛られなくても楽しく生活している人たちを見て、「貧しい」って何だろうとか自分たちのコトバの定義さえすべて疑問に思えてしまう。

著者が旅した時代の東南アジア(たぶん90年代)は今とまったく違う。規則やモラルに縛られた日本から到着したときに広がるその無法地帯な世界に戸惑いながらもどこか簡単に飲み込まれるような不思議な空気があったはず。彼らの呑気な生き方、適当で日暮しで、金や性欲に正直で、数時間働いて得る金で酒と煙草を買って、疲れるとハシシを吸って笑ってるような人たち。決して憧れるわけではないが、どこか純粋で引き込まれてしまう。そんな人たちに違和感や非常識といった感覚は薄れてしまう。もちろんその居心地から離れられなくなってしまい「沈没」という東南アジアに居座ってしまう若者もたくさんいる。

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私も長旅からの帰国後、SNSに率直な思いを書いたことがある。「帰る場所が日本だから」。そんなつもりで帰国して「ちゃんと」していて美味しくて清潔でも、どこか気が重くなり憂鬱になる。日本社会の理屈はわかるが、そんな事しなくても楽しそうに生きる人たちを見て肌で感じてきたからだ。旅の終わりだと思って飛行機に乗ったのに到着する場所が見つからないまま、「ただいま」と言えないままずっと迷子なのだ。

二度と経験できない毎日を過ごした後に彷徨う若者たちの生活が描かれ、突拍子もなく登場する「王様」によって話が急展開して話があっけなく終わるのはちょっと無理やりな気もした。王様のセリフは私の旅人生ではよく見かける人。とりわけインドなんかに行ってしまうと世界のすべてを知ったように話す人は少なくない。まぁ確かにあらゆる概念をひっくり返される連続だから言いたいこともわかるが....
キラキラと目を輝かせて旅を楽しんだ彼らに王様の説教は鬱陶しく、自分もこうなるのかという恐怖もある。

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角田光代のストーリーにはおそらく著者本人が実体験で感じたことを各登場人物のコトバの中で表現している。

いく、進み続ける、というのはたしかに魅力的だけれど、それが魅力的なのは帰るところがあるからじゃないの

人の心理や情景描写の表現が気持ち悪いほど私の心情に合致する。
暮林さんと出会ったネパールカトマンズでのアキオの気持ちは著者の第一印象なのだろうか。私の初めてのネパールで他国とは違う何とも言えない気持ちがそのまま書かれていた。

何か違う、ものすごく違う、その感覚に溶け込めないまま数日が過ぎ、さらに困惑したのは、ネパールの人々の表情がまったく読めないことだった。ぼくがそれまでまわってきた国の人々は、自分と近しいアジア顔だった。のっぺりしていて、あっさりしていて、つまり感情が読み取りやすい。
人を見る基準が皆無である、というのはかなりのストレスである。――いちいち落ち込み、反省し、罵倒し、愚痴をこぼしそんなことを繰り返しているうち、だんだん疲れきってくる。帰りたいとは思わないが誰とも話したくなく、どこにも行きたくなく、何も信じられず、とことんつまらなくなって、そのことでさらにショックを受けた。

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カトマンズホテルの屋上 私も打ち拉がれてベランダにいた

刺さるのはほぼ登場しないマリコの言葉。旅に出ない人の立場が描写される。
旅に出たから何だっていうの、旅してきた者だけが変わるわけ?同じだったら悪いわけ?と言わんばかりのセリフ。設定は20代前半だ、レールから外れてあてのない旅に出ることを僻む気持ちと、置いてきぼりをくらった悲しみ。
とくにネットのない時代に、取り残されてどれだけ悲しくて寂しかったかお前はわかるのか。旅先に私の存在はあったのか、自分探しの旅とやらでどう思ったのか。
半年遠距離したくらいで他の男と同棲する女なので、この二人の関係が中心のストーリーではない。

おみやげなんかいらない――
私のしらない場所の話なんか聞きたくない――
私が聞きたいのは、あんたが何を見たかってこと
私のいない場所で、たった一人で、何を見て、どう思ったかってこと

旅から戻った後のいろんな登場人物が「ダメ人間」のごとく表現されていて、みんな終着駅を見つけられずにいる。寂しくて人恋しくて何となく誰かに寄り添っていたい人たちの心理。ヒッピーなカップル、気ままに風に乗ってまた旅立ってしまう人、無口な人、王様... そしてマリコのように悶々とした日々の中で彷徨って居場所が見つからないのは日本にいても同じだということ。

旅に出たからといって自分や未来が見つかるわけではない。何かモヤモヤしているから旅に出る人も多い、そして、帰国後もっとモヤモヤを増幅させて過ごしている人も多い。私も終着駅が見つからない旅人の一人だ。

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