好きなシーンとか、好きなセリフ・名言でもない。しかし印象的なセリフという感じだろうか。 10年以上前に放映された『 ソーシャル・ネットワーク 』のラストシーンでの会話。Facebookは日本では中途半端な流行りとなり、いまでは年寄り専用SNS化してますが、世界的歴史的に考えればSNSの利便性がはっきりとわかったツールだと思う。(ちなみにこのセリフは後で物議になりました。ボスニア人としては気分悪かったみたい。)
弁護士:(こんな時に)何やってんの?
マーク:ボスニアの(FB開発)進捗をチェックしてる。
弁護士:ボスニア・・・ 道はないのにFacebookはあるのね。
マーク:・・・。
全体のストーリーを完全無視したチョイスですいません。
私にとってこのセリフが社会すべてを描写しているように思えました。
海外を旅してフラッシュバックする光景・・・タイ、ミャンマー、ネパール、フィリピン...執着してるものがモバイル系。中国製でも何でもいいからスマホがほしいのだ。 赤土の道やコンクリートが剥れた道に砂埃が舞う町で生活して、隙間風だらけであろう家と日本では考えられない設備に囲まれて暮らす、服、食事、車・・・その何よりも「モバイルが欲しい!」っていう雰囲気がスゴイのだ。
山岳民族の村へ行っても、ゴミだらけの路を歩いても、結構みんなスマホだけは持ってて、ずーーーっといじってる。 国によってはテレビがあっても自国語で放送してないので、動画サイトを見ているわけです。海外ドラマや映画を単純録画して素人が字幕を書いたり音声吹き替えをすると一躍有名になる。私たちのように生活アプリを駆使するのではなく、スマホを手に取ればSNSかカメラ機能だけの生活。バスやカフェでずっと観察していたが、ほとんどタイムラインを眺めてるかチャットしてるだけで、ニュースアプリやノート代わりに使うわけではない。
日本は約半世紀前に経済成長があって、その時代と日本人欲のライン上でいろんなモノが溢れていった。日本の場合は、独特の潔癖・完璧思考とか、自国が開発・製造大国だったりもするから他国と比較するのも無理がありますが。そういう点ではいわゆる先進国です。私たち日本人は幸いにも失敗や事件を繰り返して新しい規制を作りながらステップアップしてきたモノの中で暮らしている。
ところが彼らは何のステップも踏まずいきなり便利なものを手に入れてしまった。もともとモラルやルールが各国違う中で、ネットによって簡単に世界と繋がったことは大きな環境変化。私が見る限り、SNSやGoogleは後進国の言語をまだまだ把握していない。だから投稿も言葉もやりたい放題.... 普通に死体の写真とかタイムラインに流れてくる(。ŏ﹏ŏ)
もし今、日本が発展中の国だったら、わたしたちもスマホが1番欲しいのかな。空気の中やあらゆる物の奥の奥の微埃まで吸い取るクリーナー、ハンディな家電、書物や調理器具よりも、まずはスマホなのかな。 ・・・みたいな、旅の途中によく感じる自分の当たり前の生活や、よく見かける情景がこの一言に詰まってて、もっと色々思うことはあるけど、とにかく個人的にこの一言が印象的だった。
じゃあ道があったらどうだろう
道がなくてもネット回線があればヒトは繋がれる。情報を手に入れる。
ではインフラが整えば完璧だろうか。
皆さんの偏見ほど後進国は貧しくありません。インフラ面だけでいえば日本の田舎と大差ありません。でもその道の基盤がザツなのですぐに剥がれてしまう。アスファルトの道はボコボコ。でもメンテしない。欠陥を繰り返さないようにと、学習もしない。そういうムダの繰り返しは先進国と大きく違う点だ。
日本のインフラは完璧だ。実態はどうだろう?私が住む町を「平成を知らずに令和を迎えた町」と呼んだ人がいた。強く賛同する。国道はもちろん、それなりの建物、電車、観光名所もあるけど、どれだけそれを活かせているだろう。1軒が試みたマーケティングをこぞって真似したり、さっき覚えたようなLINEを眺めてチャットしてる人たちは途上国と差はあるのだろうか?
10年前に見たこの映画でそれを感じて、その後の私の生活は田舎漬けになった。道はあっても使わず、Facebookの使い方がわからない人たちと暮らし、途上国の人たちとそれほど差のない会話をしている。
必要なものって何でしょう。そのネット環境についていけてますか。その整備された道を歩いていますか。
途上国が憧れる世界が、日本の田舎にありますか。
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